ヨーロッパ勢に比べて、男子アメリカのサッカーチームはそれほど強くありませんが、女子の場合世界一の強豪国となっています。競技人口も世界でもつとも多く、女子サッカーの人気を支え、女子選手にとってプレーする環境も他の国より断然整っています。ここでは女子サッカーが、市民権を得て多くのサポーターの支援を受けているのです。
なでしこジャパンでの主要な選手・澤穂希は、日テレ・ベレーザに所属していましたが、2000年からアメリカに渡り、WUSAのアトランタ・ビートに移籍し、唯一の日本人選手として活躍し、オールスター出場、ベストナインに選ばれるなど活躍しています。
アメリカの女子サッカーリーグはWUSA:Women's United Soccer Associationと名づけられ、2001年から2003年まで運営されていました。アメリカでは男子サッカーが低迷した状態にあったのにもかかわらず、女子サッカーのリーグ戦はすこぶる人気を博したのでした。しかし、経営難にあってリーグは続けることが出来ませんでした。
しかし1996年アトランタオリンピックの金メダル、1999年のFIFAワールドカップアメリカ大会での優勝などによって女子サッカーは再び人気を高め、再び女子サッカーのプロリーグ創設となったのです。
2009年男子プロリーグMLS支援によって、アメリカ女子プロサッカーリーグの創設が新たに復活を遂げました。
日本の女子リーグは愛称で「なでしこ」と称されています。以前は「L・リーグ」と「なでしこリーグ」が併用されていましたが2006年から正式にリーグの名前として採用されています。参加しているメンバーは社会人・大学生などが主としていますが、チームの事情により年齢層は幅広く、中学生・高校生が参加していることもあります。男子のJリーグはプロ集団でずか、女子の場合アマチュアであり、社会人の場合は殆ど他に仕事を持って参加しています。2010年には再編されて現在の一部チームは、10チームで構成されることになっています。
参加チームは、東京電力女子サッカー部マリーゼ、浦和レッドダイヤモンズ・レディース、ジェフユナイテッド市原・千葉レディース、日テレ・ベレーザ、アルビレックス新潟レディース、スペランツァF.C.高槻、INAC神戸レオネッサ、岡山湯郷Belle、ASエルフェン狭山F.C.、伊賀フットボールクラブクくノ一、などが挙げられます。
このうち、最も友優勝回数が多いのは、日テレ・ベレーザで11回も数えています。続いては 日興證券ドリームレディースが3回、しかしこのチームは、1999年廃部に追い込まれてしまっています。
女子サッカーの環境がまだまだ厳しい中で、なでしこリーグは頑張っています。もっともっと盛り上げていくのはサポーターたちの応援にかかっています。
サッカーでスポーツ留学といえば元祖的存在は三浦知良でしょう。1982年に静岡学園高校を1年中途で紐帯、単身ブラジルに渡航して、サッカー留学、ブラジルを渡り歩き、技術を磨きました。その後Jリーグの発足に合わせて帰国し、川崎ヴェルディの選手として輝かしい成績を収め、今なお、現役でプレーしています。
女子でもサッカー留学をして、成功を収めている選手がいます。山口麻美選手です。東京豊多摩出身、FW、2005年日テレ・ベレーザを退団したのち、女子サッカーが盛んで世界一の強豪となっているアメリカに留学、フロリダ州立大学でレギュラーを獲得すると、大活躍を果たしました。その彼女をAP通信は(Young Japanese girl a U.S. soccer star)日本人女性がアメリカサッカーの星と讃えたのでした。それらの活躍が評価され『ハーマン・トロフィー』をも受賞しました。この賞は全米大学体育協会(NCAA)カレッジ・フットボールの最優秀選手に贈られる非常に名誉ある賞なのです。
女子サッカー選手にとってアメリカは、魅力の国です。リーグ戦も盛んで、サッカー環境が整って、プロとしての活躍が保証されます。まだ日本では、盛り上がっているとはいえ、女子サッカー選手にとって環境は厳しい状態です。これからも強豪国アメリカへ渡り、活躍する日本女子が出現していくものと思われます。
女子が地域でチームを創ってサッカーを始めるようになったのは、政治でいえば激動期と顧みられる1960年代から1970年代とされています。女性解放の運動が高揚期になっていた時代と重なります。小規模ながら各地域でリーグが誕生し試合が組まれるようになってきました。
1980年になると、全国的規模での統合がなされるようになり、全日本女子サッカー選手権試合が行われるほどにもなってきました。「日本女子サッカーリーグ」が誕生したのは、1990年の「第11回アジア競技大会」で女子サッカーが正式種目になることが契機です。日本代表チームを結成するために、女子リーグの設立が急務だったのです。
1994年男子のJリーグが誕生、それに伴い女子も「L・リーグ」を創設しました。Jリーグの人気につられ女子チームも、活発化していきました。しかし、戦績も思うように挙げられないばかりか、バブル崩壊となって企業も女子サッカーチームを解散していかざるを得なくなり、次第に女子サッカーは危機に陥りそうになっていった経緯があります。リーグの女子選手は、会社との契約もなく、アマチュアの身分で生活費は他の仕事をして賄わなければならないのです。
女子サッカーが再興していったのは2003年の女子ワールドカップへの関心からです。現在はなでしこリーグとして整備され、なでしこジャパンも国際試合で誇れる戦績を残していっています。
大学での女子サッカー大会の最高峰となっているのが全日本大学女子サッカー選手権大会です。主催は朝日新聞と日本サッカー協会が行っています。朝日新聞ではこの大会の詳細が記事になっているでしょう。現在の加盟大学は69、大学の数に比べると案外少ないかもしれませんが、幼いころからサッカーを続け大学でも継続していく女子の熱烈な選手たちが揃っています。加盟人数は1500人にも迫っています。
1987年全国大学女子サッカー大会と開催され、1992年全日本大学女子サッカー選手権大会と現行の大会名になりました。まだ歴史は浅いのです。
この大会の会場は主に兵庫県ですが、後に準決勝と決勝は東京で行われています。この間の戦績を見ると、圧倒的に日本体育大学が殆ど制覇しており、2008年までの優勝回数は13回にもなっています。他には大阪体育大学が3回、一般総合大学の早稲田は2005年に優勝しいている結果となっています。
2009年11月末に開催される第18回全日本大学サッカー選手権大会のの参加大学は上記大学を含めて16校で争われます。準決勝は翌年2010年1月4日国立の西ヶ丘サッカー場、決勝は1月6日国立競技場となっています。従来の強豪が制するか、新たに強いチームが出てくるのか、どんな結果になるのでしょうか。